仕事も、家庭も、自分もマイペースに! コーダー田中聖礼さんの「はたらきかた」



interview 2017.2.6

現在、35歳にして中学1年生、小学5年生、そして未就学児、3人の母であり、フリーランスのコーダー、デザイナーとして活動中の田中 聖礼(たなか みれ)さん。
  
出産という大きなライフイベントを重ねながらも、田中さんがどのようにキャリア形成をされてきたのか、そして、いつも前向きでいるマインドの秘訣を伺いました!
  

■プロフィール 
  
田中 聖礼 / Mire TANAKA
  
Webクリエイター/コーダー。デザイン系専門卒後デザイナーとして就職するも、すぐに結婚し退職。2003年に長女、2005年に長男を出産後、仕事復帰し、紙面からWebデザイン・開発までを担当する。2012年、フリーランスに転向。2013年、富士山登頂。2014年に次男を出産し、2016年にフリーランスとして本格復帰。現在は上の子のPTA活動と自宅保育で次男を育てながらテレワークを楽しんでいる。

  

実践で学ぶことができた、産後の職場

細野 早くにして出産をされた田中さんですが、いつから、どのようにしてコーディングの経験を積まれたのでしょうか?
  

田中 21歳で長女を出産し、24歳で長男を出産したのですがそれまでは、専業主婦でした。25歳の時に、そろそろキャリアを積まなきゃ! と、IllustratorやPhotoshopがさわれる環境のある会社にアルバイト勤めをしたんですね。そこで、社内報や、イラストを起こす仕事をしていました。
  

細野 技術的なことは、会社で教わったのでしょうか?
  

田中 いえ、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニングの略。職場で実務を通して技能等を学ぶ手法のこと)なども特になかったので、アプリケーションの操作は学生の時に培った技術からのスタートでしたが、必要だったからとにかくやるしかなくて。
  
一緒に入社した方も、デザインやコーディングは未経験で、はじめは本当に試行錯誤の連続でした。
webサイトは、はじめの頃、ホームページビルダーを使っていましたし。やっているうちに、「あまり、使いやすくないね」ということで会社にドリームウィーバーを申請して。使っているうちに、アプリケーションの特性上、コーディングも自然と覚えていったんです。
  
テキストで打つ方がいいということがわかってからは、テキストでコーディングをするようにしました。
  

細野 1からの独学だったんですね! 実践の場があったのも、良い環境ですね。
  

田中 そうなんです。依頼主が自社やグループ会社だったので、いつも本番なのに練習のように作っていける環境があって。
  
もちろん、本なども読みましたがそれだと決まったものしか作れない。でも、自社のサイトを作っていると「もっと、こうしてほしい」などの要望が出てきて、何も知らないなりにそこに向けて、テストして、アップしての繰り返しで。
  
会社からは他にも、「展示会のブースを作りたい」などいろんな要望があり、そのつど「できるならやって。できなければ、外注してね」というスタンスだったので、ディレクション業からデザイン業などの経験もできました。
  
教えてくれる人はいなくて、厳しい環境ではありましたが、間違いに対してダメ出しもなく、期限なども緩かったので、自由に学びながらやっていました。
  

細野 デザインのお仕事もあったなかで、コーディングを専門にされたのはどうしてだったのでしょうか?
  

田中 もともと数学が好きで。自分が組んだものが思った通りにできあがるっていうのがすごく楽しくて。それで、デザインよりコーディングが向いているなぁというのに気が付きました。
  

細野 そうなのですね。その会社で、働きはじめるまでコーディングという職種にもあまり興味がなかったのでしょうか?
  

田中 専門の人がいて、私には関係ない難しい世界だと(笑)
  

細野 常に新しい情報であふれている世界でもあると思うのですが、その知識や情報を得るために、どんなことをされていたのでしょう?
  

田中 会社が新しいモノをすぐ取り入れたがる会社で。「ここを変えたい」「これをやりたい」とかいうことをすぐに伝えてくれる会社だったので、とにかく必死にやっていましたね。
  
あとは、社内にいた男性で、スマホをずっといじっているような方がいて(笑)。最新の技術とか製品とか… すっごく詳しくて。その人がだいたい「これやってみよう」というので私がそれに合わせて「やります」といって調べるというようなパターンが多くて。
  
そういうこともあって、朝、会社に来たら常に新しい情報をチェックして、会社の依頼にそれをどう応用するかと考える癖がついたんです。別に誰かに指示をされるわけではないけれど、そういうことをすると喜ばれますよね。
  
あとは、自社の制作しかしていなかったので、依頼がない時を勉強期間にして、テストしてみたりして手を動かしていました。
  

▶︎田中さんがコーダーとして担当した、デイジープロジェクト(http://daisy-pj.com/)サイト 

 

保育園の壁も、明るく乗りきる!

細野 その頃、お子さんはどうされていたのでしょうか?
  

田中 保育園です。でも、住んでいる地区が激戦で認可には入れなかったんですが、条件がベストではない準認可の保育園には入れて。
  

細野 そうすると、費用的にも結構大変でしたか?
  

田中 はい。子どもがふたりともそこに通っていた時は、月に7万円とか飛んでいって。仕事の休みが多い時は、お給料とトントンになってしまうこともありました。
  
でもそこは、キャリアを積むためになんでもやらなきゃという思いでやっていました。
  

細野 なるほど。制作の仕事は忙しいイメージがあるのですが、仕事を家に持ち帰ることは、ありましたか?
  

田中 それは、一切なかったんです。
  
ただ、基本10時から16時までの勤務でしたが、忙しい時はやっぱり残業もしました。長くて19時までとかかな。そういう日はパパにお迎えを頼んだりしましたが、それができない日は、残業はしませんでした。
  

細野 経験を積むことと、小さなお子さんがいる家庭とのメリハリのついた生活が出来ていたんですね! では、そこの会社を辞めたきっかけを教えてください。
  

田中 下の子が小学校に入学するとき、上の子の担任の先生に、「お子さんがべったりするのは九つまでですよ、「つ」が消える時に子どもじゃなくなるんです。10歳までに1日でもいいから、多く触れ合う時間を作れますか?」みたいな感じでお話ししてもらった時に、「あ、そうなんだ」と思って。1年だけでも家にいようって思って会社を辞めることにしたんです。
  

細野 経験を積みたいと入社した会社でしたが、そこには「やりきった」という気持ちもやっぱりあったのでしょうか?
  

田中 そうですね、これより先はこの会社にいなくても出来るかも。という気持ちはありました。
  

コーダーとして、フリーランスの道へ

細野 では、会社を辞めた後はどのようにお仕事や育児をされていたのでしょうか?
  

田中 代理店をやっている方とご縁があって、都内の不動産や飲食店のホームページを作る仕事をフリーランスとしてやっていました。
  

細野 その頃お子さんは小学生ですよね?
  

田中 はい。だいたい9時から14時まで、子どもが学校行っている時間を利用して、打ち合わせに行ったり作業をしたり。あとは子どもが寝た後の時間に仕事をしていました。
  
そのうち、フリーランスでコーディングの仕事をしていると、「ワードプレスで作って、更新は自分でしたい」というパターンの依頼が多くなってきて。
  
だから、フリーになって2年目くらいからはワードプレスを磨こうと思って、派遣に登録して、週1で打ち合わせにいき、週4は在宅で、好きな時間の中でワードプレスを使った制作や更新案件に携わっていました。ここで、ワードプレスのことは結構覚えていきましたね。
  

細野 そこでもやはり、独学で?
  

田中 はじめに、その登録先の会社で、すごく基礎的なOJTはありましたが、基本は独学でした。わからなかったらまずは自分で調べていましたね。
  

細野 受け身でなく、自発的に学び、挑戦することって大切なことですね。
  

仕事と家族と自分、バランスをとる秘訣

 

細野 お話を聞いていると、常に前進していて、パワフルですよね! いつも、目標をもって行動されているのでしょうか?
  

田中 うーん、なんだろう… 子どもの時から父親に「何かしら社会や地球に貢献しないやつは二酸化炭素を吐くゴミだ!」と言われていて(笑)
  

細野 !!(笑)
  

田中 だから、働かなきゃ! とは常に思っていて。(笑) 専業主婦だってもちろん、子育てをして働いているし父親的にもOKなのですが… 私はすごく体力が有り余っていたので「これ以外にもできそう」と思ったら働かなきゃ! とは思っていました。
  
基本的には自分が楽しくて、社会に貢献できていて、お金がもらえて… ってなるとやっぱり仕事をしようというようになって。でも、やるなら楽しもうというスタンスではあります。
  

細野 なるほど… しかも、いつも家庭とのバランスが自然ととれているように見えます。
  

田中 2人目を保育園に預ける時に私の母と約束したことがあって。
  
「忙しすぎて、ごはんが全部買ってくるものになったり、家で笑えなくなったりしたら、すぐにやめなさい」と。
  
もちろん1週間のうちに何度か、買ってきたものを出すというのはあってもいいと思うんだけど。毎日、そうなってしまわないようにっていうことですね。
  
あとは、お母さんはお家の太陽だから笑えなくなったらやめなさい、と。それも、怒ることが悪いんじゃなくて、笑っていられる時間が減っちゃったら、休むかやめるかって。
  
それができなくなった時は一度、生活を見直すバロメーターにしていますね。
  

細野 バランスがとれていてすごいです。心がけていてもなかなかできません… では、3人目のお子さんを出産されたのはどんな経緯だったのでしょうか?
  

田中 そうですね。フリーランスになってからが基本好きなことをしていて。マイペースに山登りやジムに通っていました。勤めていた時には、できなかったことを全部やって。
  
それをやりつくしたときに、なんか物足りないと思った時に、年齢的にもう1人行ける! と気が付いて(笑) それで、3人目を産むことにしたんです。
  
でも、行き当たりばったりなんで。1年くらい経つと、また仕事をしたくてうずうずしてきました(笑)
  

細野 早くに出産してから、キャリアを積むということで苦労されてことってありますか?
  

田中 うーん… どうだろう… 
  
(考え込む)
  
小学校の時にいじめにあっていたことに気が付かなかったくらい、人の目は気にしないんです(笑) みかねた友人に「実はね、いじめの対象になっているんだよ」って言われるくらい(笑)
  
それくらいマイペースでもあるし、いまを楽しむことしか考えていないので。
  
大体、5年後くらいにあの時大変だったかも、って思うことはあるんですが。
  

細野 そうなのですね! 私は不安が多いと行動ができなくなってしまうことがあって。例えば、今妊娠すると正社員じゃないから保育園に入るのは難しいんじゃないか、とか。
  

田中 いつもやりたいことにまっしぐらなんです。保育士さんでさえ、保育園に入れないという厳しい状況ももちろん知っているけど、「入れる」ってことしか考えていないので「入れなかったらどうしよう」とかはあんまり考えていないです。
  

細野 田中さんが魅力的な理由がわかった気がします…!
  

母として、ひとりの女性としてのこれから

細野 今後、田中さんの「はたらく」ことへの展望を伺わせてください。
  

田中 私の中でひとつ、基準にしているのが「子どもに胸を張って言える仕事をする」という基準があって。
  
クリエイティブマムズリンクのお仕事をして、女性が社会に出て働くことや健康のことなど娘に伝えられると思っていて。
  
今までは漠然とその時、楽しい仕事をチョイスしていたのですが、ただ通り過ぎていく仕事ではなく、後世に残したいプロジェクトや活動など、仕事をえらんで引き受けていきたいなと思っています。
  

細野 今、もしも、仕事と出産のタイミングやキャリアが少ないと悩む女性がいるとしたら、その人へ向けてメッセージをお願いできますか?
  

田中 「遅い」ということはないよっていうのは伝えたいです。思い立って、行動すればその日からキャリアができる。60歳からはじめたって70歳になったら、10年の経歴になるんです。
  
私も25歳で、コーディングを初めた時、やっぱり周りと比べて「もう遅い」って少し思ったのですが… 今考えたら25歳なんてそんなことはなくて。
  
2,3年なんて地球レベルで考えたら瞬きにもならないので。5年から10年なんて大したことなくて。
  
やっぱり生きている限り「遅い」ということはないと思っています!だから、今やりたいことをやってください!! …漫画の受け売りなんだけど(笑)
  

細野 (笑)ありがとうございました!
  
文/インタビュー 細野 由季恵

  

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